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丸山:
本日はお忙しい中集まって頂き有り難うございました。
今回は「明日の白日会」出品者の方々に集まって頂きそれぞれの立場から、「明日の白日会」を
どのように考え何を大切に心がけてきたかという事を中心に伺っていこうと思います。
本来は、私も出品者ですので、聞くより話す立場だとは思いますが、
今回は司会ということで進行させていただきますので、よろしくお願いします。(笑)
まず始めに皆さんが「明日の白日会」に初出品した頃の印象をお聞きしたいと思います。
舟木:
最初、出品通知が来た時には嬉しかったですね。これから新しい試みが始まるということで。
最初は銀座のセントラル美術館でやったんです。
私はあそこがけっこうあこがれの場所だったのでそれも含めて嬉しかったですね。
私は第一回目から出していますが、現在常任委員の石垣先生、齋藤先生、有田先生達が
御出品していたかと思うのですが、そういう良いメンバーの中に選ばれたとうのは凄く光栄なことでした。
生島:
「明日の白日会」への最初の作品は、事情により昔に描いた静物画を出品した記憶があります。
あいにく東京にも足を運んでいないので最初の印象はそれほどありません。
それから1年おいて2回目に選出された時に初めて伺いました。
会場の雰囲気は若手中心で頑張っていて、自分の中ではもっと気合い入れないといけないなと、
そんなことを思いました。
これが最初の印象っていうのはちょっとおかしいですがそんな感じです。
山本:
初出品がいつかは覚えていないのですが、やっぱり入れてもらった時はとても嬉しかったですね。
本展と同じくらい凄く緊張して描いたのを覚えています。
寺久保:
当時僕が「明日の白日会」展に最初に出した時には舟木さんがおっしゃったようにセントラル美術館でした。
そして50号を出品する規定だったんですよ。
大作でもなく小品でもなく…、一番力量が表れちゃうよと先輩達に脅されまして(笑)、
とにかく一生懸命頑張った記憶があります。
その時初めてレセプションに出席したのですが、今までの学生気分とは随分違う世界に足を
踏み込んでしまったなぁと思った思い出がありますね。
今は随分作品が変わったのですが当時は写実風な寝ポーズを出品したのですが、
その時に伊藤清永先生が褒めてくれたことが非常に嬉しく、印象に残っています。
福井:
僕は本展が71回展からの出品になりまして、その年に明日の白日会に初めて出品させて頂きました。
公募展も選抜展も初めてのことばかりだったのですが、当時の僕の第一印象としては、
自分のアトリエで描いていた作品の印象と会場で見た作品の印象が違うということが、
凄くショックだったのを覚えていますね(笑)。
選んで頂いたのは嬉しいのはもちろんあったのですが、同時に次回呼ばれるかどうかという緊張感も
あったことを覚えています。
それが一番最初の印象だったと思います。

丸山:
それでは次に「明日の白日会」は皆さんにとって、どのような意味を持つ選抜展だったのでしょうか?。
舟木:
まずずっと選んで頂いているという事に感謝してますね。
若手の油が乗っている人たちとやる訳ですからそうとう気合いが入りました(笑)。
今は会期が7月になりましたが当時は本展と一緒だったので今より見に来る人がもっと多かったんです。
そういったことも含めてプレッシャーでもあったんですが凄く嬉しい発表の場でもありました。
自分としては「明日の白日会」は実験の場にしたいなと感じました。
それでまた本展の方に活かして行けばよいかなと思っています。
常任委員の先生方の考え方も同様『実験の場であれ』ということから始まっていると思うので、
これからの「明日の白日会」もそう言った感じで続けていければ良いのかなと思っています。
単発ではなく長年継続的に選んで頂いたお陰で作品の変化に少しずつ繋がって行ったのかなと思っています。
丸山:
ちょっと横道に逸れますが、生島さんが最初に出品したギター弾いてる群像から最近の作品に至までの変化など、何か公募展に出したことで変化がありましたか?。
生島:
白日会に出品し始めた頃の作品は、一応写実の範疇ではあるのですが、
半ば想像で組み上げたバロック調の絵でした。
当時最大のスランプがありまして、長い間描けない苦しい状態が続いていました。
そんな中、たまたま知り合いの女性がモデルとなり、好みとは違う平凡で健全な方だったのですが、
何も考えず描いてみようと思ったんです。
それが比較的明るい女性像の作品として4回目の出品作となりました。
幸か不幸か、それが今の流れに繋がっていますね。
丸山:
話を戻しまして、山本君はいかがですか?
山本:
「明日の白日会」はプライスを付けて販売する形の展示ですよね。
自分の場合まだそういった場に出て行く機会が少ないので、世の中に出て行く時にどうなのか、
という過程の部分で自分に磨きをかけて成長して行くことが出来る場所だと感じています。
自分の今やっている画風が世の中に受け入れられるかどうかは凄くシビアな問題だと思うので、
いろいろ考えるチャンスをもらっていると思います。
寺久保:
僕はその時その時で自分のやりたいことをやっていました。
「明日の白日会」が有り難かったのが写実的な物から抽象的な物まで幅広く出品されていまして、
尚かつ同世代でさらにプロで活躍されている方から、商業美術に距離を置きながらも自分の仕事を
追求している人も含まれ展示されているんです。
そう言った作品がだいたい20点くらい、作品のサイズも同じであり…といった会場構成なんですよね。
その中で自分の作品強度はいったいいかほどなのか、どの程度の内容があるのかと見つめられる
非常にいい場でした。自分の強みや弱点などを把握し易い環境なんです。
「明の日白会」で変わるきっかけがあったというよりかは、白日会本展と共にやってきたことでいい意味で
蓄積になったと思っています。
福井:
最初に出品した時と現在とでは自分の場合それほど変わっているとは思わないのですが、
やはり見せ方とか自分の出して行く方向だとかは、だいぶ明快に見えてきた気がします。
一番大きいのは年に1回皆さんと顔を合わせる機会が年に2回になって、さらには皆さんと
お話しする場が増えたっていうのが大きいかなと思っています。
話しをする事によってお互いの絵を講評したりだとか先生方に講評して頂いたりだとかそういった機会が
増えたと言うことが良かったなぁと思います。
その経験を経て最初言ったように凄く役にたったというか展開していけたのかなと思っています。
丸山:
「明日の白日会」は白日会が若手育成を目的に作った選抜展ですが、
中山忠彦会長はプロを目指す若手の登竜門、白日会と共に写実の殿堂になればと、
前回の特集でおっしゃっていました。
出品者はそれぞれ、いろいろな「思い」や「狙い」「志」を持ち
取り組んでいる姿勢が言葉の間から垣間見る事ができたように思います。
本日は短い時間でしたが、お付き合い頂き有り難うございました。
全員:
お疲れ様でした。 |